- 2010-06-05 (土)
- 映画

★★★★
随分前に観たんだけどようやくまとまった。
ドラマとしてはここ数年で一番ではないかと思うほど素晴らしい!
そしてとても暗示的だ。
カロリーヌリンクの傑作「点子ちゃんとアントン」を思い出した。
もちろん「点子」と「新子」という符号も。
「新子」。女の子の名前にはめずらしい「新」と女の子の名前にはありきたりの「子」。
つまり“どこにでもいそうな素朴な子”と“特別な子”のハイブリッドであり、
額の「マイマイ」があらわすように物語においてこの子は唯一の特別な存在だろう。
そして「物語そのものの擬人化」であると曲解するのは行きすぎだろうか。
だからこそタイトルに象徴的にその名が入っている。
点子ちゃんもそうだ。
大人になると名前はほぼ実体と同化してしまうけど、
子供にとっての名前はまだ「半熟状態の記号」に過ぎず、
その器のなかでゆらゆら揺らいでははみ出しているというわけだ。
もう一つ。
新子は物語における、きわめて「男性的な象徴」であり、
それに対し、新子に口説かれ、染められ、やがて母性に目覚め開花する貴伊子は「女性的象徴」の権化。
本当の主人公は“新子という「物語の妖精」に導かれて覚醒する貴伊子”であり
単に自分の存在を見いだすだけにとどまらず、千年をさかのぼり、
千代に八千代に「女の子的存在(≒自分)」を宇宙規模で全肯定してしまう。
中盤から二つに分かれてDNAのように2重螺旋状に展開してゆき結実するラストは
陰陽があらわすの太極宇宙そのものとして不可視で直接脳内に訪れる。
だから「何故だかわからないが胸一杯になりみんな泣いてしまう」のだ!(←極論)
これ、完全なる大人向けの映画ではないか。
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