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「たくさんの選手が競技の後に涙を流すのを見て、どんな感じなのかと思っていた。わたしはきょうの競技が終わって初めて泣いたが、理由はよくわからない。とてもうれしくて、すべてが終わったという気持ちだった」

キム・ヨナ:バンクーバー冬季五輪女子フィギュア
 

かねてからフィギュアファンであり、浅田真央ファンだ。
そして日本の多くの浅田真央ファンは同時にキムヨナファンである。
知っての通り、二人は同年同月に生まれたときからケインとアベルのように、
(サンクチュアリの彰と千秋のように)
どちらが欠けても語れない、まさに鏡のような運命と共にある。

かつて伊東みどりが芸術性全盛の女子フィギュアに高難度ジャンプを武器に革新をもたらした時、
女王カタリナ・ビットは跳ね回る技術を競う競技ではないと批判していた。

フィギュア選手をアスリートと呼び、高難度ジャンプを追求した揺り戻しが
再びフィギュアの世界に訪れ、ただ回転数や難度だけではなく、
その出来や美しさを含めての評価を改めて追求するという流れは至極当然のこと。

今回の五輪でのキムヨナの演技、特にフリーの4分間はいうまでもなく神憑りだった。
いずれかに特化した素晴らしい選手は多く居たが、
あらゆる面においてここまで完成した演技は見たことがない。
審査員を含めた誰もが見たかった理想の演技をオリンピックでやって見せたのだから
少々点が入りすぎたって仕方がない。

キムヨナは引退が囁かれているが、
かねてから怪我や故障に苛まれており有終の美となるかも知れない。
それをわかっていて今回に全てを賭けたのだろう。

一方、浅田真央はまだまだ将来がある。
コーチであるタラソワはそれをはじめからわかっていたはずだ。

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